お豆の迷走記

人生迷走中アラサーお豆の日常や家族の話

また会える日まで、またね。

 はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

おはようございます。

九州の方は大雨が降っていると朝ニュースで見ました。

心配です。

 

お豆の住む地域も昼からの予報でしたが

2時間ほど早く、先ほどから雨が降り出しました。

かなり強くなるかも知れないとのこと(@@;)

一応、お客様もぼちぼちいらっしゃるので、

気を引き締めておかねば!!と思っています!!

 

が、朝から課長は、大丈夫でしょ~~~!と脳天気。

何かあってからでは遅い!と職場の人と話しましたが

今のところ、出来る事は看板などを中に入れること位でした(T-T)

何事もなく過ぎ去ってほしいです。

 

明日から内勤部署はお盆休みになります。

が、お豆のいる接客部署はシフト休みなので、仕事です。

とはいえ、チーフは今日から三連休、課長は明日から三連休・・・

忙しいのに休みます。

 

そして、忙しい連休などは全員に1日でも休みが当たるようにしてほしいと

チーフに進言したところ

それはお豆さん個人の意見でしょ?と言われました。

 

ええ、そりゃ個人の意見ですけど・・・

忙しい時は仕事量も半端ないし、疲れるから

みんなに1日ずつ休みをって思うのが普通だと思うのだけれど・・・

そもそも、チーフも課長は忙しい時ずーっと休みなんだから

それくらいしてほしいっていうのはわがままなのでしょうか???

すごくイライラします。

 

 

7年前にも、今の部署で今の課長の下で働いていました。

その時から、お盆や連休はとても忙しく、

若いお豆にはお盆の休みはありませんでした。

 

7年前の今日、母の兄であるおじが癌で亡くなりました。

お豆はそのおじが大好きでしたから、とてもショックでした。

そして、お通夜とお葬式に行きたいので有休で休ませてほしいと

課長に電話しました。

 

すると、

この忙しい時期に有休は厳しいので、

誰かと休みを代わって貰って下さい。

と言われました。

 

お豆の部署はシフト休みですが

みんなお盆は仏迎え、仏送りがあります。

家族と相談し、どちらかだけでもと休みを取る方がほとんどですし

初盆の方もいらっしゃって、

誰も代わってくれる状況ではありませんでしたから

絶望しました・・・。

 

すると、だんだん・・おじが亡くなったことへの悲しみと

最後のお別れも出来ないのかという辛さと

課長への怒りで涙がこみ上げてきました。

 

泣いているお豆を見て、職場のおっさん(ワッキーさん)が

声をかけてくれました。

 

事情を話したところ、怒り気味に

そんなあほな話あるか!!有休とって休め!

当時のチーフ(シモンヌさん)に休ませてやれ!と話してくれました。

 

シモンヌさんも、不幸事なんだから仕方無い話だから、

こっちのことは気にせず、お別れしておいで。と言ってくれました。

 

 

そして、他の職場の人もみんな

そんな悲しい事があったのに、こっちのことを心配しなくて良いよ!

ちゃんと会って、最後のお別れしておいで。

そんなの休んで行けばいいの!こっちは気にしなくて良いから!

課長は人の心を持ち合わせてないのよ。無視でいいよ。

と声をかけてくださり・・

忙しい中、お休みをいただき、おじとの最後のお別れに行きました。

 

おじは大腸癌で闘病していました。

亡くなる1週間ほど前におじに会ったのが

生きてるおじにあった最後でした。

 

すっごく細くなっていて

別人の様でしたが、ニコッと笑ったその笑顔は

今までと変わらない、大好きなおじの笑顔でした。

 

おじと話をし、写真をとりました。

おじのおきまりの指でGOODサインをする手のイラスト - イラストストックポーズで。

そして、最後に「またね!」とおじに言いました。

おじも「またね!」って。

それがおじと交わした最後の言葉です。

 

通夜が終わり

夜伽の間は、いとことUNOをしたり、トランプしたり

おじとの思い出話をしたりしました。

みんな雑魚寝で、一人、また一人と眠りに落ちていき

とうとう起きているのはお豆だけになりました。

 

棺のそばに座り

おじに語りかけました・・・。

おじが大好きだった、もっと一杯話がしたかった、

もっと逢いに行けば良かった、これが夢だったらどれほど良いだろう、

おじがいなくなるなんて思ってもみなかった

もっともっと色んな事を教えてほしかったし

もっともっと一緒にいたかった。

涙を流しながら、朝になるまで、ずーっとおじと話をしました。

 

みんなが起き始め、少しウトウトしてから、朝ご飯を食べて

お葬式をして、最後のお別れで

「またねって言ったじゃん。」と恨み言を言ってしまいました。

本当はもっと言いたいことがあったのに・・・

それ以上、お豆の口は動かなかった。

 

火葬場でお別れをし

ご飯を食べるってなったけど、全くのどを通らなかった。

何も食べたくないというよりは

食べるって何?なんで食べるの?っていう変な感覚だった。

 

それから骨になったおじを白い壺に・・・

その時、火葬場の人が、骨をたたき割っているのをみて

涙が止まらなくなった。

 

泣き泣き、お豆もおじを壺に入れた。

その後で、火葬場の人が

おじの骨を床に落としてしまったのを見て・・・

胸が張り裂けそうになった。

苦しくて、悲しくて、腹立たしくて

涙が溢れて止まらず、どんどん苦しくなり

息が出来なくなった。

お豆はそのまま過呼吸になり倒れた。

 

次に気がついたときには

すでにおじの自宅で、戻った後のお寺さんのお経も終わり

みんなでご飯を食べるときだった。

 

母が起こしに来てくれ

「大丈夫?全く寝とらんかったんやろ??無理せんのよ。

おにいちゃん(おじ)に手を合わせてからこっちおいで。

みんなでご飯たべよ!」と手を引いてくれた。

 

家族も、いとこも、おばやおじもみんなで

おじに手を合わせ、ごはんを食べた。

おじの話をたくさんした。みんなおじが大好きだった。

おじの話だけで、何時間も何時間もみんなで

笑いながら、時に涙を流しながら、ご飯を食べた。

 

それから帰宅した。

みんな最後は笑顔だった。

帰りの車でも、家に着いてからもお豆はずーっと眠った。

 

夜中に起きた事件に付いては

次回書くが・・・

 

次の日の夕方まで、ずーっと眠った。

目が覚めて、母がおにぎりを持たせてくれ

車でこっちに帰った。

 

母が作ってくれたおにぎりを食べることはなかった。

 

お豆はずーっと泣いた。

何をしていても、悲しくてたまらなかった。

この世にもうおじはいないという事実。

最後におじに恨み言を言ってしまった後悔。

 

涙が止まらなかったし

仕事に行っても、涙が出てきて、

涙を拭いながら仕事をした。

 

いつまでも涙は枯れないし、不思議とお腹は空く。

 

でも、ご飯を食べることはなかった。

何も食べたくないというよりは

食べるって何?なんで食べるの?っていう変な感覚だったから。

 

何日も何日も食べずに、泣いていた。

寝るときはいつも寝落ちする感じだった。

 

あの日もいつもみたいに寝落ちしたんだと思う。

泣いているお豆に、おじが会いに来たのだ。

 

いつものあの笑顔で、いつものあの優しい声で

お豆に「いつもそばにいる!」といって

おきまりのポーズ 指でGOODサインをする手のイラスト - イラストストック で笑っていた。

 

おじに会うだなんて、きっと夢だったんだろう。

でも不思議と、夢の感じがしなかった。

おじに会った次の日から、悲しいけれど

おじが見守ってくれている気がして

自然とご飯も食べれるようになったし

少しずつ元気になった。

 

おじの命日の今日。

今日はおじとの思い出にひたりながら

空にいる、おじ、おば、祖父母に手を合わせ

思いを伝えようと思う。

 

お豆は元気にしています。

また会える日まで、またね。

って。