お豆の迷走記~アラサー独女の独り言

人生迷走中アラサーお豆の日常や家族の話

家族の話31 我が家のボタン事情

今週のお題「最近あったちょっといいこと」

 

 

先日、用事があったついでに

両親がこっちにやってきました!!!

 

姉の結婚式をして下さったお寺さんに

御礼も兼ねて、こっちに来たようです。

そして、1泊して、両親と枝豆と4人でご飯!(^^)!

 

 

やっぱりなんやかんや言っても

家族で食べるご飯は最高に美味しい!!!

 

いろんな話もやっぱり楽しかった。

んで、父が「帰ってきたら何食べたい?」って言うので

お豆が「お好み焼きとミスターバーグ行きたいな!」って言ったら

「お前ちゃうわ、枝豆や!!」って。

ひどくない??

 

まぁお豆より枝豆が先に帰るから

それまでに食べたいものがあるか聞いたらしい。

確かに枝豆はあんまり実家に何日も帰らないし

大学生になってからは1回も実家で年越ししてないから

父もメッチャ嬉しいんやろうな・・・。

 

でもお豆も何年ぶり?って位久しぶりの

実家での年越しなのだが・・・って感じで

少し寂しいのだが(T-T)

 

とはいえ、結構色々話しながら食べて

本当に白米がメッチャ美味しくて

お茶碗に三杯も食べてしまった((^m^)ブヒッ

 

食べ過ぎだ!って分かってたけど

美味しくて、美味しくて止りませんでした!!!

 

枝豆にも食べ過ぎ!って怒られたけど

本当に美味しかった。

色んなとこにバイト行ったり

ご飯食べに行ってるけど、群を抜いて美味い!

マジで、これで太るなら本望ですw

毎日このご飯が食べたいわぁ・・・。

 

家族で食べるご飯もよかったし

白米もご飯も美味しかったし・・・・。

本当にとっても良い時間でした!

 

お豆の父は

大学卒業後9年ほど、その大学で職員として働いたあと

高校で何年間か教鞭をとっていました。

その後、今の仕事に就き、30年・・・・

本当にお疲れ様だなとその時に話になりました。

 

父が教鞭をとっていたので

我が家にはボタンが大量にありましたw

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色んな種類のボタンが箱いっぱいにありました!!!

小さいものも大きいものも、四角いのや、丸いの、星形などもありましたし

学ランのボタンも沢山ありました。

 

なんでこんなにあるんや?って思っていたけど

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聞けば、こんな感じで、学ランのボタンの裏側に

裏ボタンを付けている人が多かったらしい。

袖のボタンのところにも付けたりしてたみたい。

それにボタン違うの付けたりとか・・・・。

 

でもそれは校則で禁止だったみたいで

見つけては預かってたらしいけど

みんな結局取りに来なくて

父の元にはどんどんボタンがたまって行った。

 

結局みんな新しいのを買ったりして

必要なくなり、父が教壇を降りるまで預かって

その後はお家で使ってました。

母が手縫いで縫ってくれるものは

カラフルなボタンがおしゃれだったw

 

制服やカッターのボタンが取れたら

ボタンの箱から適当に見繕って付けてました。

 

今ではほとんど残ってないけど

我が家のボタン箱にはいろんなボタンが入っていて

そのボタンのおかげで、ボタンを買ったことはありませんw

 

父の教員時代の思い出のボタンが

お豆の家の衣類のボタンとなっていました。

今でも父はたまにこのときの話をします。

 

その頃の子達はおしゃれだったと父は言います。

ボタンの裏にもう1つボタン付けたり

そのボタンもみんな個性があってよかった!

制服のボタンの色を変えてみよう!って発想もおもしろかった。と。

 

その当時のことを語る父はとても楽しそうです。

子ども時分は、勉強を教えてくれる父が怖かったし

そんな父が教員だったなんてかわいそうだなと思った事もあります。

 

けれど、優しい一面も、お茶目で可愛い一面もある。

そしてなによりも子どもが好きな父は

教員という仕事は好きだったみたいですし、性に合っていたとおもいます。

 

きっと生徒にも人気だったのだろう。

父は何枚も色紙を持っていたし、その色紙には

沢山の寄せ書きがあった。

 

 

そんな父ももう70手前のおじさん。

後ろから見た父の背中は随分と小さかった。

それでもまだ、頑張らんとな!という父を

誇りに思うし、もっと頑張らなくては!と思いました。